近年では、テクノロジーの発展に伴いさまざまな分野でDXの推進が行われています。人事部の領域も例外ではなく、大手企業を中心とした多くの企業でデジタル技術の活用が進められています。
本記事では、人事領域におけるDX推進(別名:HRDX)について、代表的な取り組み事例や推進する際の注意点などをご紹介します。また、実際に推進する際の流れについても解説しますので、人事部でDX推進を進められる担当者や管理者、経営者の方はぜひ参考にしてください。
人事部におけるDXとは
人事部におけるDXは、デジタル技術を活用して従来の人事業務を効率化し、より戦略的な人材マネジメントの実現を目指す取り組みです。具体的には、人事情報システムの導入や採用活動のデジタル化、データ分析による人材戦略の立案など、さまざまな施策が考えられます。
人事部が抱えている課題
多くの企業では、人事部は下記のような課題を抱えています。
- 業務量が膨大にある
- 事務作業が多い
- 数値化がしづらい
業務量が膨大にある
人事部の業務範囲は、採用・育成・評価・労務など多岐にわたります。とくに近年では、働き方の多様化や人材の流動化が進んでおり、従来に比べて対応するべき業務の幅が格段と増えています。
また、従業員の入社/退社が重なる年度末は繁忙期となり、残業時間が増加する傾向にあります。本来、社内で働き方改革を率先するべき人事部が業務過多に陥ることは、企業としても避けたいところでしょう。
事務業務が多い
人事部は膨大な量の事務作業を抱えています。入社手続きや給与計算、人事評価などのルーティンワークが中心であり、これらの業務に多くの時間を費やしているケースが多いです。
作業に時間が奪われてしまうことで、本来時間を充てるべき業務に集中できないことは本末転倒です。中長期的な人事施策に思考投下ができるように、常に稼働に余裕を持たせておく必要があります。
数値化がしづらい
人事施策は変数が多く、数値化が難しい傾向にあります。そのため、データに基づいた意思決定が他の分野と比べて難しいという課題があります。それに加えて、データを取り扱う専門の部署ではないため、施策のPDCAを回すことに慣れていないケースもあります。
また、下記のように人材に関するデータが多数あり「一元管理がしづらい」といったデメリットがあります。
- 基本情報(氏名・住所・家族情報など)
- 職業履歴
- 保有スキル/資格
- 人事評価
データが点在することで、集計や確認に時間がかかるほか、データ化して分析を行うことも難しくなります。
人事部のDX事例
人事部における代表的なDX事例をご紹介します。
- 人事情報システム(HRIS)の導入
- 採用管理システムの導入
- ピープルアナリティクスの導入
- エンゲージメントサーベイの導入
- ペーパーレス化の推進
- AIの積極的な活用
人事情報システム(HRIS)の導入
人事情報システム(別名:HRIS)を導入することで、従業員の情報を一元管理し、人事手続きの自動化や効率化を図ります。
実際に、株式会社日立製作所では「人財マネジメント統合プラットフォーム」というシステムを導入しました。本システムの導入により、世界各地で働く従業員のデータベースを構築し、マネジメントに活かすことができます。従来まで会社や部署ごとにばらばらに構築していた人事関連のシステムを統合することで、組織編成や人材評価・育成などに活用されるようです。
参照:世界25万人の経験・スキル網羅 日立動かすHRテック | NIKKEIリスキリング
採用管理システムの導入
採用管理システムを導入することで、応募者の管理・面接日程の調整・採用の意思決定までの一連の流れをデジタル化し、効率的な採用活動を実現します。
近年では採用チャネルが多岐にわたり、人事担当者は求人媒体やエージェントごとに応募者を管理する必要がありました。採用管理システムを活用することで、このような手間を省き、応募者に向き合う時間に集中できるようになります。
実際に、株式会社鎌倉新書では採用管理システムを導入したところ、採用にかかるオペレーションを80%削減することに成功しました。その結果、人材紹介会社の開拓や求人媒体の活用に時間を割けるようになり、応募人数を2倍まで増やすことができたようです。
ピープルアナリティクスの導入
ピープルアナリティクスとは、従業員の属性や行動に関するデータを収集し、分析に活用する取り組みのことです。データを活用することで、従業員満足度や採用活動の方針決定などに役立てることができます。また、人材の育成や組織開発に活かすことで、より戦略的な人材マネジメントの実現が期待できます。
実際に、株式会社ディー・エヌ・エーではピープルアナリティクス専任のチームを設置しています。マンスリーアンケート・360°フィードバック・組織状況アンケートの3つを実施し、社内で開発したシステムに情報を集約。各人の働きやすさを担保しつつ、個々の力を最大限まで発揮できるように、現状把握や意思決定の補助ツールとして活用されています。
参照:「社員の個性・能力を活かす仕組みを強化していきたい」HR Techチームが進めるモノづくりとは | フルスイング by DeNA
エンゲージメントサーベイの導入
エンゲージメントサーベイとは、従業員のエンゲージメント(業務意欲や関与度)を定量的に把握する調査のことです。経営者や人事部は、調査結果をもとに職場環境の改善に取り組み、従業員にとって働きがいのある職場づくりを目指します。
実際に、株式会社コンヒラではエンゲージメントサーベイを取り入れています。同社では、毎朝の朝礼で経営理念を伝え続けていましたが、調査を行ったところ「事業に対する誇り」や「経営理念」に対するスコアが低いことが判明しました。そのため、調査結果を踏まえて経営理念の変更を行われたようです。また、⼈事評価のコンピテンシーを追加するなど、さまざまな取り組みを行った結果、以前に比べて社内での意見衝突が減少したと効果を感じられています。
参照:「毎日の朝礼が伝わっていないとは……」中小企業の経営者が初めて“本当の社員の心”を知ることで生まれる変化 | 組織改善するならエンゲージメントサーベイ【Wevox】
ペーパーレス化の推進
ペーパーレス化を実現することで、業務効率化を図るとともに、情報漏えいのリスクを軽減させることができます。NECソリューションイノベータの調査によると、人事部のDXとして最も取り組まれているのが「ペーパーレス化」のようです。
実際に、サンキュウエアロジスティクス株式会社では、従来まで紙ベースだった各種申請フローの電子化に取り組みました。その結果、最大2週間ほどかかっていた申請フローを約2〜3時間で承認できる体制を構築。ほぼリアルタイムで確認が可能になったようです。
参照:人事・労務のペーパーレス化で業務効率化。従業員の本音を集め、従業員満足度の向上を目指す|SmartHR|シェアNo.1のクラウド人事労務ソフト
AIの積極的な活用
近年注目を集めるAIに関する技術は、人事領域でも活用することができます。たとえばチャットボットによるお問い合わせ対応や、レジュメの自動スクリーニングといった業務効率化の実現が可能です。AIを活用することで、業務の質を標準化できるため、業務属人化の防止につながります。
実際に、明治安田生命保険相互会社では人事異動にAI技術を導入しました。従業員の行動特性を可視化し、成果との関係性を分析することで、各分野の素養を統計的に推測。従来まで人事担当者が定性的に把握していた行動特性を定量化させることができたようです。
参照:明治安田生命、人事DXプロジェクト推進 page.2 - 日経ビジネス電子版 Special
人事部でDXを推進するメリット
人事部でDXを推進することで、下記のようなメリットがあります。
- 業務効率化につながる
- データに基づいた意思決定ができる
- 社内のDX先行事例になる
業務効率化につながる
ルーティンワークの自動化により、業務量を大幅に削減することができます。人事担当者の業務負担を減らし、限られた人数でも通常業務を回すことが可能となります。人材育成や戦略立案など、より付加価値の高い業務に集中できるようになるでしょう。
データに基づいた意思決定ができる
人手不足が深刻化する昨今では、経営資源のひとつである「ヒト」に対する投資が進んでいます。データを活用することで、より客観的な視点から人事施策に関する意思決定を行うことが可能です。とくに採用や評価など、これまで定性的な意思決定が行われてきた分野では、今後活用の余地が大きいことが予想されます。
通常、人事施策は一定の費用やスケジュールがかかるほか、なかには不可逆となるケースも多く、慎重に進めていく必要があります。そのため、データの活用は関係者全員が意思決定を行う際のエビデンスとして、今後多くの企業で活用が進んでいくでしょう。
社内のDX先行事例になる
人事部がDXの推進を行うことで、他の部門のDXを後押しすることにつながります。各部署のマネージャーはDXの重要性を認識しつつも、前例がなくて効果を予測しづらいことに悩まれているためです。人事部のDXが先行事例となれば、他の部署も推進がしやすくなり、社内全体で業務効率化や働き方改革を普及させることにもつながります。
人事部でDXを推進する際の注意点
人事部でDXを推進する際には、下記のような注意点があります。
- マネジメント層が積極的に参加する
- 手段の目的化に注意する
- 従業員のITスキルを高める
マネジメント層が積極的に参加する
DXは単にツールを導入するだけでなく、組織全体の変革を伴う取り組みとなります。そのため、経営層をはじめとしたマネジメント層の理解と協力が不可欠です。
デジタル化の導入から定着に至るまでは、従業員に一定の負荷がかかります。とくに初期の段階では、一時的に業務量が増える可能性もあるため、必ずしも従業員がメリットを感じて進められるものであるとは限りません。会社全体で必要な取り組みとして、ボードメンバーが中心となり進めましょう。
手段の目的化に注意する
DXはあくまで手段であり、目的ではありません。最新のツールを導入することよりも、どのように業務を改善し、人材の成長に貢献するかといった視点を持つことが重要です。
もちろん、ツールの導入はDXの推進を行ううえで重要な取り組みです。しかし、ツールの導入に終始してしまうことで、導入後の運用/改善がおざなりになる可能性があります。そのため、プロジェクトの初期段階から目的を明確にし、関係者の間で共通認識を持つことが重要です。
従業員のITスキルを高める
DXの推進には、従業員のITスキルの向上も不可欠です。実際に、NECソリューションイノベータの調査によると、人事部のDX推進では「ナレッジ・スキル・人材の不足」を阻害要因として挙げる企業が多く、約45.0%の企業が課題に感じています。
研修プログラムを実施したり、マニュアルを整備したりなど、従業員がスムーズにデジタルツールを活用できるような環境づくりが求められます。また、データを取り扱う機会も増えるため、基礎的な統計スキルやセキュリティに関する教育も必要です。
人事部でDXを推進する流れ
人事部でDXを推進する際には、下記の手順で進めます。
1.課題と目的を明確にする
2.目的に適した解決策を検討する
3.リソースを確保する
4.DX施策を実行する
5.実行後に振り返りを行う
1.課題と目的を明確にする
現在の課題を洗い出し、DXを通じて「どのような状態を実現したいのか」を具体的に定義します。この段階で重要なことは「課題を洗い出し切ること」と「目的を共通言語化すること」の2つです。プロジェクトを円滑に進めるには、関係者の間で課題と目的に納得感を持つことが重要です。
2.目的に適した解決策を検討する
つぎに、設定した目的に適した解決策を検討します。まずは解決策となる手段を洗い出し、実施のインパクトとコスト(費用や工数など)を天秤にかけて検討します。手段の検討はプロジェクトの成功を左右するため、慎重に行う必要があります。社内で検討できない場合には、専門の支援業者に依頼することも選択肢に入れるのがおすすめです。
3.リソースを確保する
解決策が決まったら、予算や工数の確保を進めます。工数を確保する際には、スケジュールが遅延した場合を想定して、ある程度のバッファ(余裕)を持たせておく必要があります。また、リソースを着実に確保できるように、実行が決まった早い段階から関連部署に相談をすることが重要です。
4.DX施策を実行する
リソースを確保したら、実際に解決策の実行や導入を進めます。新しいツールを導入する場合には、実際に使用する従業員に対して研修を実施したり、マニュアルを配布したりなど、定着に向けた事前準備が必要になります。
また、何かトラブルが発生した際の窓口は必ず設けておきましょう。インシデントが発生しないようにプロジェクトを推進することも重要ですが、実際に発生した場合にどのように対応するのかを事前に決めておくことのほうが重要です。
5.実行後に振り返りを行う
DXの施策は、実行したら定期的に効果を振り返ります。たとえば「当初の目的に対してどれくらい効果が表れているのか」「副次的に発生した効果はあるのか」などです。効果が十分に出ていなかった場合には、改善点を洗い出します。また、ツールの導入などの現場を巻き込んだ施策は、必ず従業員の声を聞くようにしましょう。思わぬ発見があったり、改善点のヒントを得られる可能性があります。
まとめ
人事部におけるDXの推進は、単なる業務効率化に留まらず、企業競争力の強化にもつながる重要な取り組みです。DXを通じて、より戦略的な人材マネジメントを実現し、企業の持続的な成長に貢献していくことが期待されています。
一方で、実施の際には経営層の理解と協力、従業員の意識改革、そして最新のテクノロジーの活用といった全方位的な体制強化が求められます。とくにテクノロジーの活用は難易度が高く、社外の専門業者に依頼をするのがおすすめです。
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