社内からのお問い合わせに対応する「ヘルプデスク」ですが、急速なデジタルシフトにより、その業務範囲は年々広がりを見せています。人手不足や業務属人化による影響から、さまざまな課題が発生している現場も多いのではないでしょうか。
近年では、AIを活用してヘルプデスクの業務負荷を軽減する企業も増えています。たとえばお問い合わせ対応を自動化したり、ナレッジベースを構築したりなどが代表的な事例です。
本記事では、ヘルプデスクにAIを導入した企業事例や具体的な導入方法について解説いたします。とくにヘルプデスクの現場で「生産性を向上させたい」「働き方改革を進めたい」と考えている方はぜひ参考にしてください。
ヘルプデスクが抱えている課題
近年、企業のデジタル化やテレワークの推進により、ヘルプデスクへのお問い合わせ件数は各社で増加傾向にあるようです。しかし、ヘルプデスク部門の人員不足やスキル不足により、下記の課題が顕著になっています。
- 業務量が逼迫している
- 質問者を待たせてしまう
- 育成が追いつかない
業務量が逼迫している
お問い合わせ件数の増加により、担当者の負担が大きくなることで、業務量が逼迫してしまいます。ヘルプデスクの担当者は対応する業務領域が幅広く、常にマルチタスクの状況になりがちです。何かひとつの対応に追われてしまうと、他の業務に支障をきたすこともあるでしょう。
たとえばトラブル対応がそのひとつです。ビジネス活動が一時的に停止される恐れもあり、トラブル対応には最優先での対応が求められるため、現在着手している業務については一度手を止めざるを得ません。
とくに近年ではデジタル化の急速な普及により、複雑な内容のお問い合わせが増えつつあります。新たに導入したシステムの不具合やマニュアルの不備など、担当者でも初めて対応するケースが多く、スムーズな回答が難しいケースもあるでしょう。
このように、ヘルプデスクの業務量は近年増加の傾向にあることが予測できます。
質問者を待たせてしまう
ヘルプデスクの現場が逼迫することで、質問者への回答を待たせてしまう可能性があります。とくにテレワークが一定のレベルまで普及して以降、電話での対応をなくした現場もいくつか見られます。一方で、メールやチャットでのお問い合わせ対応は、返信内容を考えて入力するのに時間がかかり、かえって質問者を待たせることにもつながります。
質問者の職務領域がビジネス分野(経営/営業/マーケティングなど)である場合は、ビジネス活動が一時的に停止し、売上の機会損失になる恐れがあるため注意が必要です。
また、質問者を待たせてしまった結果、催促の連絡が来た場合には、さらに現場は混乱します。タスクカードでチケット管理をしている現場もありますが、ステータスが「未着手」のままでは、質問者が催促をしてきたり、別ルートで依頼をしてきたりなどで、かえって収集がつかなくなるケースもあるでしょう。
質問者を待たせることはビジネス活動の停止、現場のさらなる混乱を引き起こす可能性があります。
育成が追いつかない
業務量が逼迫した現場では、慢性的な人手不足から「育成に時間を割けない」というケースが多いです。なかには「採用活動にさえ時間を割くのが難しい」という現場もあるでしょう。ヘルプデスクの担当者は業務領域が幅広く、採用の難易度が高いことが特徴です。
また、仮に採用につながった場合でも、すぐには育成が難しく、なかなか定着をさせづらいという実情もあります。誰でも回答ができるような対応マニュアルを作成しても、例外的なお問い合わせは常日頃から来るものです。とくに新人の場合は、例外的なお問い合わせについては上司に相談をするものですが、なかには「上司が忙しく質問ができなかった」「うまく質問ができず、かえって時間がかかってしまった」といったケースも珍しくありません。
これらの背景から、ヘルプデスクの現場では育成が追いつかず、慢性的な人手不足に陥っていることが課題として挙げられます。
ヘルプデスクでAIを活用できる業務
ヘルプデスクの現場では、下記のような業務でAIを活用することができます。
- お問い合わせ対応
- オペレーターのサポート
- ナレッジベースの構築
お問い合わせ対応
AIの活用余地がある代表的な業務が「お問い合わせ対応」です。
たとえばAIチャットボットを活用することで、よくある質問への回答を自動化することができます。社内でお問い合わせの多いQ&Aを事前にAIへ学習させることで、質問に対する回答をしたり、関連したヘルプページを案内することが可能です。また、音声認識技術を活用することで、電話でのお問い合わせも実現できます。
もちろん例外的な質問への回答はできず、その場合は担当者が別途対応することが求められますが、一次対応レベルであればAIを活用した自動化が可能です。定型的な質問をすべてAIに任せることで、担当者は優先度の高いトラブルへの対応や、AIでは解決できない例外的な対応に専念できるため、業務効率が大きく向上します。
24時間365日の対応が可能になるため、たとえばヘルプデスクが休日の土日祝や夜間に急ぎで質問が来た場合でも、定型的な質問であれば回答ができます。スピードが重視されるビジネス活動を止めずに、迅速なサポートが可能になります。
オペレーターのサポート
AIはオペレーター(ヘルプデスク担当者)のサポートとしても活用できます。たとえばお問い合わせ内容に対する解決手順の提示や関連情報の提案など。過去の記録をもとに、類似した回答を探し出すことも可能です。
とくに新人の場合は、自分の力でマニュアルを確認するのにも時間がかかります。AIによるサジェストを活用することでマニュアルを探す手間、上司やチームメンバーに確認をする手間などを削減できます。
ナレッジベースの構築
お問い合わせに関するデータをAIに学習させることで、ナレッジベース(業務に関する知見)を構築することができます。よくあるお問い合わせの内容やマニュアルをデータベースに保存したり、データベースから自動でFAQページを作成することも可能です。蓄積したデータをAIに学習させることで、AIによる一次対応やオペレーターへのサポート精度をより高めることができます。
ナレッジベースは全社員に共有される情報のため、リアルタイムで更新することで、常に最新の情報に保つことができます。知識・経験・技術を組織全員で共有できる環境ができれば、育成工数の削減につながるでしょう。
ヘルプデスクでAIを導入するメリット
ヘルプデスクでAIを導入することで、下記のようなメリットがあります。
- 生産性が向上する
- 働き方改革につながる
- 対応品質が向上する
生産性が向上する
定型的な業務を自動化することで、担当者の作業時間を削減することができます。
近年では人手不足の影響で、ヘルプデスクの現場は常に逼迫した状態にあります。部署全体の生産性が向上することで、回答までにかかっていたリードタイムを短縮することができます。緊急度の高いトラブル対応や本来的な業務に対しても、より多くの時間を割くことができるでしょう。
お問い合わせをしたメンバーはすぐに回答を得られるようになるため、ヘルプデスクの部署だけでなく、会社全体の生産性向上にもつながります。
働き方改革につながる
AIの導入で生産性が向上することで、働き方改革を推進することができます。残業時間の削減や精神的ストレスの削減を期待できるでしょう。
とくに残業時間については、近年では厳しい目が向けられつつあります。時間外労働は原則として月45時間、年360時間までと定められており、特別な事情がない限り超過は許されません。また、働き手である従業員のなかにはワークライフバランスを重視する人が多い傾向にあります。実際に2018年に行われた内閣府の調査によると、正社員・男性では「「家庭生活」を優先」すると回答した人が39.6%、正社員・女性でも同様の回答が36.9%という結果になりました。
このような社会的背景を受けて、近年ではAIを活用した生産性向上、及び働き方改革の推進はもはや欠かせない取り組みとなりました。離職者の増加を防ぎ、新規採用につながる魅力ある職場環境をつくることは、組織全体としての力を維持・向上させていくうえで非常に重要な取り組みです。人手不足に悩まされず、事業運営を継続できることは、企業としての強みになります。
対応品質が向上する
お問い合わせに対する回答の品質が向上することで、社内のボトルネックを解消することができます。
通常、ヘルプデスクに届くお問い合わせには、業務を進めるうえで解消しなければならないトラブルが含まれています。実際にお問い合わせをしたメンバーは、トラブルに直面して困っている状況のため、できるだけ迅速に、且つ正しい解消方法の提示が求められます。
しかし回答を急ぐあまり、誤った解消方法を案内してしまったり、わかりづらい回答をしてしまった場合には、かえって工数がかかってしまうため、従来まではスピードよりも正確さに重きを置く現場が多かったでしょう。AIを活用することでスピードだけでなく、回答の質も担保できるため、対応品質の向上が期待できます。
ヘルプデスクでAIを導入した企業事例
ヘルプデスクの現場でAIを活用した企業事例をご紹介いたします。
サッポロホールディングス株式会社様
サッポロホールディングス株式会社では、社内のお問い合わせ窓口としてAIを導入した実証実験を行いました。従来までは、メールや電話による対人での返答が中心でしたが、AIの導入により、質問者がシステム上で回答を得られる仕組みが実現されました。
この結果、お問い合わせ数全体の45%をAIが回答することに成功。情報検索に関わる時間を80%短縮させることができたようです。同社では、蓄積したFAQデータをもとにAIの読解能力をさらにチューニングし、その精度をますます高められています。
もともとは「営業担当者に役立つ仕組みにしたい」という思いから企画、開発したシステムのため、今後はさらに事業部を超えて活用の幅を広げられていくようです。
参照1:サッポロホールディングス様導入事例|TRAINA/トレイナ導入事例|「コトバ」に強い日本発AIソリューションTRAINA/トレイナ
参照2:サッポログループがAI(人工知能)を活用し、働き方改革を加速~ 社内の問い合わせ対応業務を45%削減 ~ | ニュースリリース | 野村総合研究所(NRI)
株式会社TSIホールディングス
株式会社TSIホールディングスでは、社内ポータルシステムにAIチャットボットを導入。社内からよく届くお問い合わせについては、AIを活用して回答を行うことで、担当者が対応する必要のあるお問い合わせ件数を削減することに成功しました。
同社では、従来まで社内のイントラネットにQ&Aの履歴を残したり、マニュアルを用意したりなど、さまざまな工夫を凝らしてお問い合わせ件数の削減に努めてきました。しかし、質問に適したマニュアルがどこにあるのかわからず、かえって質問者から電話が来てしまうというケースがあったようです。
このような背景から、AIチャットボットを導入し、まずは自分で調べてもらうようにしました。その結果、お問い合わせの総数が約650件/月から約370件/月まで減少。担当者の負担が小さくなったことで、電話対応以外の業務に時間を割けるようになったようです。
参照:AI-FAQボット 電話件数削減でヘルプデスクの業務効率化|株式会社TSIホールディングスの導入事例 - 株式会社L is B(エルイズビー)
パーソルテンプスタッフ株式会社
パーソルテンプスタッフ株式会社では、社内のお問い合わせ対応のため、AIチャットボットを導入しました。もともとは間接部門が作成したマニュアルやFAQを、営業部門が探し出せないという課題があったようです。
チャットボットを導入したことで、お問い合わせにかかる時間を95%以上短縮することに成功しました。チャットボットは操作性もよく、社内での利用率は向上しているようです。
参照:「まずは電話で問い合わせ」が激減、問い合わせ業務の大幅向上へ | HCM・働き方イノベーションForum 2022 Online Seminar Review
大和ハウス工業株式会社
大和ハウス工業株式会社では、株式会社PKSHA Workplaceの「AI ヘルプデスク for Microsoft Teams」を採用。全社的に利用している「Microsoft Teams」からAIチャットボットを利用できるようにしました。社内マニュアルをもとに約350件のFAQを作成。有人チャットでの対応と合わせて運用をスタートしています。
従来まで同社のお問い合わせでは、チャット・メール・電話などのさまざまな手段が利用されてきました。また、働き方の多様化を受けて、お問い合わせの内容も複雑化してきたようです。このような背景から、お問い合わせ対応の効率化を図ることが急務の課題となっていました。
チャットとして利用している「Microsoft Teams」に受付を集約させることで、これらの課題を解決できるように取り組まれています。同社では今後、全国の従業員に向けても展開を進める予定のようです。
参照1:大和ハウスがAI ヘルプデスク for Microsoft Teams を導入、18,000人の問合せの一元化と対話データの資産化に着手
参照2:大和ハウス、Teamsから利用できるAIヘルプデスク/チャットボットを運用 | IT Leaders
クラスメソッド株式会社
クラスメソッド株式会社では、社内コミュニケーションツールであるSlackに、お問い合わせ窓口としてチャットボットを設置しました。本取り組みで導入したチャットボットでは、社内に点在するドキュメントをもとに回答を生成します。既存のドキュメントを活用することで、教師データの作成に時間をかけずに導入ができたようです。
その結果、生成AIと社内データを連携することで70%超の回答満足度を実現できました。一次対応までチャットボットで代行したことで、対人窓口へのお問い合わせが約3割減少したようです。
まとめ
AIは、ヘルプデスクの抱える課題を解決し、生産性の向上や働き方改革の推進、対応品質の向上などを実現する有効な手段です。多くの企業がAIの導入による効果を実感しており、今後ますます導入が進むことが予想されます。
AIの導入を検討する際には、自社の課題やニーズを明確にしたうえで、適切なソリューションを選択する必要があります。導入後の効果測定や運用改善も忘れずに行い、AIを“導入”するだけでなく、最大限に“活用”することが重要です。
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