コンピューターが大量のデータを解析し、その特徴を抽出する「ディープラーニング」ですが、近年では大容量かつ複雑なデータを取り扱う需要が増えたことで、その活躍の幅が広がっています。人間の手を使わずに高精度なデータ分析が可能になるため、スタートアップから大手企業まで、業種業界や組織規模を問わず、多くの企業で導入が進んでいます。
本記事では、ディープラーニングとは何か、仕組みや実現できることを中心に解説します。
具体的な活用事例までご紹介するので、経営者や技術責任者、AIを用いた事業開発を検討している方はぜひ本記事を参考にしてください。
ディープラーニングとは

ディープラーニング(深層学習)とは、人工知能(AI)の一分野である機械学習の手法のひとつです。人間の脳神経回路を模したニューラルネットワークというモデルを用いて、大量のデータから複雑なパターンや特徴を自動的に学習します。従来までの機械学習では、人間がデータの特徴を抽出し、その特徴に基づいてモデルを構築する必要がありました。しかし、ディープラーニングでは、ニューラルネットワークが自動的にデータの特徴を学習するため、人間が複雑な抽出を行う必要がなく、高度な予測が可能になりました。
ディープラーニングの最大の特徴は、多層のニューラルネットワークを用いることで、複雑かつ非線形な関係性を学習できる点にあります。これにより、画像認識・音声認識・自然言語処理など、さまざまな分野で非常に高い精度を実現しています。
その歴史は古く、1940年代にはニューラルネットワークの基礎となるモデルが提案されていました。しかし、当時のコンピューターの性能では、複雑なニューラルネットワークを学習させることが困難であり、長らく研究は低迷していました。しかし、2000年代に入り、コンピューターの性能向上、インターネットの普及による大量のデータ入手、そして後述する新しい学習アルゴリズムの登場など、さまざまな要因が重なり、ディープラーニングの研究が再び活発化しました。とくに2012年の画像認識コンテスト「ISLVRC 2012」において、ディープラーニングを用いたモデル「AlexNet」が圧倒的な精度で優勝したことをきっかけに、ディープラーニングは世界中から注目を集めるようになりました。
現在ではディープラーニングはさまざまな分野で活用されており、世界中のみならず日本国内でも、私たちの生活に欠かせない技術となっています。
AIや機械学習との違い
ディープラーニングは、AI(人工知能)や機械学習と密接な関係にありますが、それぞれ異なる概念を持つものです。
そもそも「AI」とは、人間の知的な活動をコンピューター上で実現する技術全般を指します。一方で「機械学習」は、AIを実現するための手法のひとつであり、コンピューターがデータから自動で学習し、予測や判断を行います。また「ディープラーニング」は、機械学習のひとつであり、多層のニューラルネットワークを用いることで、より複雑なパターンを学習するものです。つまり、AI>機械学習>ディープラーニングという包含関係にあります。
ディープラーニングの仕組み

ディープラーニングは、人間の脳神経回路を模したニューラルネットワークというモデルを用いて、大量のデータから複雑なパターンや特徴を自動的に学習する技術です。
ニューラルネットワークは、多数のニューロン(ノード)が層状に接続された構造をしており、入力層・中間層(隠れ層)・出力層から構成されています。入力層はデータを受け取る層であり、中間層は入力されたデータから特徴を抽出する層、出力層は最終的な結果を出力する層です。ニューラルネットワークは、各ニューロン間の接続に重みと呼ばれるパラメータを持ち、この重みを調整することで、入力されたデータに対する出力結果を変化させることができます。
ディープラーニングでは、大量のデータを用いて、ニューラルネットワークの重みを自動的に調整することで、データに潜む複雑なパターンや特徴を学習します。
代表的なディープラーニングのアルゴリズムとしては、以下のようなものがあります。
・畳み込みニューラルネットワーク(CNN):主に画像認識で用いられるアルゴリズム
・再帰型ニューラルネットワーク(RNN):主に音声認識や自然言語処理で用いられるアルゴリズム
・敵対的生成ネットワーク(GAN):主に画像生成で用いられるアルゴリズム
・Transformer:主に自然言語処理で用いられるアルゴリズム
これらのアルゴリズムは、それぞれ得意とする分野が異なり、目的に応じて適切なアルゴリズムを選択する必要があります。
ディープラーニングで実現できること

ディープラーニングは、さまざまな分野で活用されており、私たちの生活に大きな影響を与えています。
画像認識
画像認識とは、画像に写っているものが何かを認識する技術です。近年では、ディープラーニングを用いることで、非常に高い精度で認識が可能になりました。
たとえばスマートフォンのカメラアプリでは、ディープラーニングを用いて顔認識や物体認識が行われています。また、医療分野ではディープラーニングを用いてX線やCT画像から病変を検出する研究が進められています。
音声認識
音声認識とは、人間の声を認識して文字に変換する技術です。近年では、ディープラーニングを用いることで、騒がしい音声環境でも高い精度で認識が可能になりました。
たとえばスマートスピーカーでは、ディープラーニングを用いて音声コマンドを認識し、音楽を再生したり、ニュースを読み上げたりすることができます。その他にも、コールセンターの現場で顧客の声をテキスト化して対応の効率化を図ったり、会議や商談の議事録を作成したりなど、幅広い活用が進んでいます。
株式会社オルツが提供する議事録作成ツール「AI GIJIROKU」では、業種別の音声認識技術を搭載し、99.8%の認識精度で議事録を作成することができます。Zoom・Teams・Meetなど、代表的なWeb会議システムと連携し、会議終わりにすぐ議事録を共有することが可能です。ベンチャー企業から大企業まで、累計8,000社以上の企業で導入が進んでいます。
自然言語処理
自然言語処理とは、人間が日常的に使っている言葉(自然言語)をコンピューターで処理する技術です。ディープラーニングを用いることで、機械翻訳や文章生成など、より高度な自然言語処理が可能になります。
たとえば翻訳アプリでは、ディープラーニングを用いて高精度な機械翻訳を実現しています。また、チャットボットではディープラーニングを用いて自然な会話を行うこともできます。最近では、ディープラーニングモデル“Transformer”を搭載した生成AI「ChatGPT」がリリースされ、世間の注目を集めました。NRIの調査によると、ChatGPTの認知率は72.2%、利用率は20.4%。職場で「文章の作成」「情報収集」「文章の要約」などに活用している方が多いようです。
異常検知
異常検知とは、正常な状態から逸脱した異常な状態を検知する技術です。近年では、ディープラーニングを用いることで、従来の手法では検知が難しかった微細な異常も検知できるようになり、実用化を進める企業も増えてきました。
たとえば工場の生産ラインでは、ディープラーニングを用いて製品の異常を検知し、品質の向上を図っています。また、金融機関ではディープラーニングを用いて不正な取引を検知し、セキュリティの強化を図るなど、活用の場面が広がっています。
需要予測
需要予測とは、過去のデータに基づいて将来の需要を予測する技術です。ディープラーニングを用いることで、大量のデータから細かい分析ができるため、実務でも活用する企業が増えています。
たとえば、小売店では、ディープラーニングを用いて商品の需要を予測し、在庫の最適化を図っています。また、エネルギー業界ではディープラーニングを用いて電力需要を予測し、発電計画の最適化を図る企業もあります。
ディープラーニングの活用事例

ディープラーニングは、すでにさまざまな分野で活用が進んでいます。ここでは、大手企業の活用事例を中心にご紹介します。
花王株式会社
花王株式会社は、画像認識の技術を活用して、多様で繊細な肌の質感を評価する「肌評価AI」と、肌の精緻な解析とヒトの視点・判断をあわせ持つ「Kirei肌AI」を開発しました。
肌評価AIでは、ディープラーニングを活用し、「素肌と化粧肌」や「化粧直後と時間が経った後の肌」などを識別することができます。また、Kirei肌AIでは従来まで評価が難しかった“つや”の特徴を捉え、メイクアップしたときの肌の印象まで的確に評価することに成功。これらのAI技術は、化粧品の研究開発やカウンセリングの場面で今後活用が進んでいくようです。
参照:花王 | ヒトの感性も学習した独自肌評価AI「Kirei肌AI」を開発 評価の難しい肌のつや感の特徴も精緻に表現
理化学研究所
理化学研究所では、遺伝子などの非画像データを、深層学習で扱えるように画像データにする技術を開発しました。遺伝子データは無数の変数を持つため、従来までの統計学では解析が難しいという課題がありました。
しかし、深層学習モデルのひとつである「畳み込みニューラルネットワーク(CNN)」を活用することで、特徴抽出と分類を行い、自動的に特徴を導き出すことに成功。この技術を応用することで、遺伝子発現・メチル化・突然変異など、複雑なデータを扱う問題へのアプローチにも役立つことが期待されています。
アマゾンジャパン合同会社
アマゾンジャパン合同会社は、AI音声認識サービス(=Alexa)を搭載したスマートスピーカー「Amazon Echo」シリーズを展開しています。Alexaは、2014年にリリースした当初から音声認識と自然言語処理にディープラーニングを活用しています。音楽再生・ニュース読み上げ・家電操作など、さまざまな機能を提供し、私たちの生活を便利にしています。
参照:Amazon.co.jp: : All Departments
ヤマハ株式会社
ヤマハ株式会社は、現在開発中のディープラーニングを使った歌声合成技術『VOCALOID:AI』(ボーカロイド:エーアイ)を活用して、故人の歌声を再現する技術を開発。2019年に放送されたNHKの番組「NHKスペシャル AIでよみがえる美空ひばり」で、美空ひばりさんの新曲を制作するために使用されました。
生前の歌声を収録した音源を学習データに使用し、その特徴を反映したボーカルパートとセリフパートを作成。ディープラーニングにより、特徴的な音色や歌いまわしなどを高い精度で実現することに成功しました。
参照:美空ひばり VOCALOID:AI™ - AIに関する取り組み - ヤマハ株式会社
キユーピー株式会社
キユーピー株式会社は、食品検査の工程で画像認識技術を活用し、異物混入などの異常検知の精度向上を実現しました。一般的に、食品検査の工程では不良のパターンが無数にあることから、不良品を高い精度で識別することは困難という定説があります。しかし、同社では発想を逆転し、AIに良品のパターンを学習させることで「良品以外はすべて不良」と識別させて、実運用でも導入できる高いレベルの検査精度の実現に成功しました。
今後はグループ内での展開も進めるほか、検査装置の改良を進めて、同じような課題を抱えている原料・食品メーカーへの提供も視野に入れているようです。
参照:AIを活用した原料検査装置をグループに展開 | ニュースリリース | キユーピー
サッポロビール株式会社
サッポロビール株式会社は、AI需要予測システムを出荷量の予測に活用しています。同社では、以前より商品発売の約16週間前から需要予測を開始し、受注状況や販売状況を反映しながら出荷量を予測しています。従来までは人が担っていた需要予測を、人とAIが協働することで、さらに最適な需要予測を実現することに成功しました。本システムは学習を重ねた結果、人が担う予測精度よりも約20%も高いことから、本格運用開始の決定となりました。
同社では、高精度な需要予測で在庫を最適化し、お客様のニーズに迅速に応えられるようなサプライチェーンの構築を目指しているようです。
参照:AI需要予測システムの本格運用開始 | ニュースリリース | サッポロビール
株式会社三陽商会
株式会社三陽商会は、ファッションポケット株式会社と提携し、AI需要予測を活用して、トレンド予測や在庫問題の解決に取り組んでいます。
近年ではソーシャルメディアの発展により、消費者のトレンドも多種多様になり、トレンドの予測が難しい傾向にありました。また、社内でもデジタルデータの利用が十分に行われておらず、正確なデータの取得・活用が難しい状況にあったようです。このような背景から、同社では成長戦略の柱の一つとして、販売・マーケティング・企画などの全領域でデジタル活用を掲げ、DXの推進に取り組んでいます。
今回のAI需要予測の活用もそのひとつです。AIが世界各地のファッショントレンドを解析し、カラーや着こなしなどのトレンドを予測。その結果を自社の商品開発に役立てることができるようです。
参照:三陽商会とファッションポケット、業務提携に関するお知らせ | 企業プレスリリース | SANYO 株式会社三陽商会
まとめ

ディープラーニングは、私たちの生活を大きく変える可能性を秘めた技術です。画像認識や音声認識、自然言語処理、異常検知など、現在でも幅広い分野で活躍が進んでいます。実際に、大手企業を中心として導入に取り組む企業も増えています。今後もさまざまな分野で活用が進み、私たちの生活をより豊かにしてくれる存在となるでしょう。
一方で、導入を進める際には高度なIT技術が求められます。とくに画像認識や音声認識、異常検知など、ディープラーニングを伴うシステムでは、ひとつのミスが事業の存続を伴う事故を巻き起こす可能性もあります。学習させるデータや環境条件に問題はないかなど、初期の設計段階から重要な部分になりますので、専門の支援会社に依頼をするのがおすすめです。
株式会社オルツでは、パーソナル人工知能を中心としたAI活用やDX推進を支援しています。課題のヒアリングからコンサルティング、実証実験まで一気通貫で行うほか、実際の開発や運用などの技術的な支援も可能です。少しでもご興味のある方は、下記のお問い合わせフォームからお気軽にご連絡ください。