製造業や建設業を中心に、仮想空間上でモデル構築を行う「デジタルツイン」が注目を集めています。現実世界と限りなく近い条件で、リアルタイムでシミュレーションが行えるため、実証実験の検証スピードを早めたり、高度な予測を実現したりなど、さまざまなメリットが期待できます。
本記事では、デジタルツインについて、実際の企業事例とあわせて解説をします。導入を進めるうえでの課題や今後の可能性についても解説しますので、社内での導入をご検討されている方は、ぜひ本記事を参考にしてください。
デジタルツインとは

デジタルツインとは、現実世界にあるモノや環境などの情報を収集し、仮想空間のなかでそれらの条件を再現する技術のことです。さまざまな分析やシミュレーションを行えるため、現実世界では実証が難しい課題解決への貢献が期待されています。
デジタルツインとシミュレーションの違い
デジタルツインとシミュレーションは、どちらも「仮想上のこと」であるのは共通していますが、両者にはいくつかの違いがあります。
まず、デジタルツインは現実世界の情報をリアルタイムに収集し、仮想空間に反映させることが特徴です。一方で、従来までのシミュレーションは過去のデータや予測に基づいて仮想空間を構築するため、リアルタイム性や正確性に欠ける場合がありました。
また、デジタルツインでは、現実世界のモノや環境の状態を詳細まで把握することができます。たとえば、工場の設備に取り付けられたセンサーから収集された温度や振動などのデータを分析することで、設備の故障を予測したり、生産効率を改善したりすることができます。一方で、従来までのシミュレーションでは、このような詳細な情報を扱うことができませんでした。
このように、どちらも仮想上のことであるのは共通している一方で、デジタルツインのほうがより早く、より精度の高い結果を得られるという違いがあります。
デジタルツインで実現できること

デジタルツインは、すでにさまざまな分野で活用されており、その可能性は広がりつつあります。以下に、デジタルツインで実現できることの実例をいくつかご紹介します。
- 予防保全
- 品質向上
- コスト削減
- リードタイムの短縮
予防保全
デジタルツインを活用することで、設備の故障を事前に予測し、適切なタイミングでメンテナンスを行うことができます。
具体的には、温度・振動・圧力などのデータをリアルタイムで収集し、仮想空間のなかで再現されたデジタルツインに反映させます。このデータに基づいて、AIや機械学習を活用して設備の故障を予測したり、劣化状況を把握することができます。従来までの予防保全では、定期的な点検やメンテナンスに依存しており、設備の故障を完全に防ぐことは困難でした。しかし、デジタルツインを活用することで、異常を早期に発見し、故障前に適切な対策を講じることができます。これにより、設備の稼働停止時間を最小限に抑えられるため、生産性の向上が期待できます。
また、デジタルツインは、設備のメンテナンス計画を最適化するうえでも役立ちます。過去のデータとリアルタイムのデータを用いて、最適なメンテナンス時期や方法を検討することができます。これにより、メンテナンスコストを削減しつつ、設備の長寿命化を図ることが可能になります。
さらに、デジタルツインは、熟練技術者のノウハウを継承する手段としても活用できます。熟練技術者の経験や知識をVR(Virtual Reality:仮想現実)ゴーグルなどを使って再現することで、若手技術者の育成を効率的に進めることが可能です。これにより、熟練技術者が不在の場合でも、適切な作業を行うことができます。
品質向上
デジタルツインを活用することで、製品の製造過程を詳細まで分析し、品質に影響を与える要因を特定することができます。品質管理を改善し、不良品の発生を抑制することができれば、製品の品質向上にも大きく貢献します。
また、製造プロセス全体を仮想空間上に再現し、各工程におけるデータを収集・分析することで、品質に影響を与える要因を特定することも可能です。たとえば、温度・湿度・圧力などの環境データや、設備の稼働データ、製品の検査データなどを分析することで、不良品の発生原因を突き止めて、改善策を講じることができます。
さらに、デジタルツインは、顧客からのフィードバック情報を製品開発に反映させる手段としても活用できます。顧客の使用状況や評価データを収集し、仮想空間上に反映させることで、製品の改善点や新たなニーズを発見し、顧客満足度の高い製品の提供につなげられます。
コスト削減
デジタルツインは、さまざまな面でコスト削減に貢献します。資源の無駄を削減することで、エネルギー効率を向上させられるほか、設備の故障や不良品の発生を抑制することで、メンテナンスコストや廃棄コストを削減することができます。また、製品の設計段階から活用することで、試作品の作成回数を減らし、開発コストを削減することも期待できます。
リードタイムの短縮
デジタルツインを活用することで、製品の開発期間や生産期間を短縮することができます。
先述したように、製品の設計段階から活用することで、試作回数を削減できるほか、各工程におけるボトルネックを特定することで、生産計画を最適化することも可能です。また、サプライヤーとの間で情報を共有し、連携の強化を図ることで、部品調達の遅延を防ぎ、生産計画の変更に迅速に対応できるようになります。
このように、デジタルツインは予防保全・品質向上・コスト削減・リードタイム短縮など、さまざまな面で企業にメリットをもたらします。デジタルツインを導入することで、企業の競争力を強化し、持続的な成長を実現することが可能になります。
デジタルツインの事例

デジタルツインの活用が進んでいる具体的な企業事例をご紹介します。
トヨタ自動車株式会社
トヨタ自動車株式会社の一部工場では、自動車の開発プロセスにおいてデジタルツインを活用しています。車両の設計データを仮想空間上で再現し、設備の設計担当・製造担当・作業者が、事前に不具合を洗い出せるようになりました。これにより、愛知県の貞宝工場では、設計から生産開始までのリードタイムが約半分まで短縮されたようです。また、同工場では、従来まで担当者に依存していた材料投入などの作業を3Dモデル上で改善、及び自動化することで、生産性を3倍まで高めることに成功しました。
参照:未来を支えるモノづくり技術 | コーポレート | グローバルニュースルーム | トヨタ自動車株式会社 公式企業サイト
富士通株式会社
富士通株式会社は、工場の生産ラインにおいてデジタルツインを活用しています。仮想ラインシミュレータ上で、人の行動をフィードバックするデジタルツインを実現することで、作業の検証や危険姿勢の特定を行い、シミュレータにフィードバックできるようになりました。これにより、品質向上やコスト削減、予知保全の実現が期待できます。
参照:映像を用いて製造現場における人の行動のデジタルツインを簡単・高精度に実現する新技術を開発 : 富士通
JR東日本(東日本旅客鉄道株式会社)
東日本旅客鉄道株式会社は、鉄道の運行管理においてデジタルツインを活用した「JEMAPS(ジェイイーマップス)」を開発しました。この技術は、鉄道の運行情報と気象・防災に関するデータを収集し、1つの地図上にリアルタイムで表示するものです。同社は、現場から得た情報と合わせて、災害時に顧客と社員の避難指示を行うために活用するようです。
参照:JR東日本、鉄道の運行情報と気象・防災情報を扱うデジタルツインを構築 - DIGITAL X(デジタルクロス)
株式会社日立製作所
株式会社日立製作所は、世界経済フォーラム(WEF)で第4次産業革命をリードする「Lighthouse」として選出された大みか事業所にて、デジタルツインを活用しています。人やモノの個々の情報を識別・管理できるシステム「RFID」を約8万枚設置。その他にも、タグや約450台のRFIDリーダー、ビデオカメラを導入して、製造現場における「ヒト」や「モノ」の流れを把握することに努められています。その結果、代表製品のリードタイム期間を約50%短縮することに成功したようです。
参照:いま注目を集める「デジタルツイン」とは? 日立の活用事例も紹介:社会イノベーション:日立
鹿島建設株式会社
鹿島建設株式会社は、建設分野においてデジタルツインを活用しています。建物の企画・設計から施工、竣工後の維持管理・運営までの各情報を全てデジタル化し、仮想空間上でリアルタイムに再現することで、各フェーズにおけるデータの連携を可能にしました。同社では、今後もBIMによるデジタルツインを活用して、建築プロジェクトにおける業務効率化、及び利用者やオーナーの利便性向上に向けて注力されるようです。
参照:日本初!建物の全てのフェーズでBIMによる「デジタルツイン」を実現 | プレスリリース | 鹿島建設株式会社
東京都
東京都は、都市計画においてデジタルツインの活用を進めています。具体的には、防災・まちづくり・モビリティ・環境・産業(観光等)といった分野での活用を見据えており、産学官一体でデータ基盤の構築・運用に取り組んでいるようです。実際に、3D都市モデル「東京都デジタルツイン3Dビューア(β版)」は一般公開されており、どなたでもブラウザ環境から閲覧できます。東京都は、迫りくるさまざまな課題や都民のQOL向上に向けて、2030年までにデジタルツインの実現を目指しています。
参照:東京都デジタルツイン実現プロジェクト | 東京都デジタルサービス局
デジタルツインの課題

デジタルツインはさまざまなメリットをもたらす一方で、下記のような課題も抱えています。
・導入/運用コストの大きさ
・セキュリティリスクの抑制
・テクノロジー人材の採用/育成
導入/運用コストの大きさ
デジタルツインを導入する際には、高性能なコンピューターシステムやソフトウェア、センサーなどの設備が必要となります。また、このような技術は導入しただけで効果を発揮するわけではありません。課題があれば対処し、継続的に運用・改善していく必要があります。
その他にも、ソフトウェアのアップデートやメンテナンス、データの収集・分析、システムの監視など、さまざまな作業が必要となります。これらの作業には、専門的な知識やスキルを持った人材が必要となるため、導入・運用コストが大きくなる傾向があります。そのため、継続的な投資が必要となり、長期的な視点でのコスト管理が求められているのです。
とくに中小企業にとっては、デジタルツインの導入コストは大きなハードルとなる恐れがあります。導入を検討する際には、費用対効果を算出し、自社の規模や状況に合ったシステムを選ぶことが重要です。
セキュリティリスクの抑制
デジタルツインは、現実世界の情報を仮想空間上で取り扱うため、セキュリティリスクが高まる恐れがあります。たとえば、機密情報が漏洩したり、システムに不正アクセスが入るケースが考えられます。そのため、実施にあたっては事前に適切なセキュリティ対策を講じる必要があります。
これらのデータが外部に漏洩した場合、企業の信頼低下につながる可能性があります。また、不正アクセスが発生した場合は、データの改ざんやシステムの停止などの二次災害が発生するリスクもあります。
このようなトラブルを防ぐには、アクセス制御やデータの暗号化などの技術を活用したり、セキュリティ対策ソフトを導入したりといった対策が必要です。また、従業員へのセキュリティ教育も重要なため、研修やOJTの手配を欠かさずにしておきましょう。
テクノロジー人材の採用/育成
デジタルツインを導入し、適切に運用を進めるためには、高度なITスキルやデータ分析スキルを持った人材が必要です。しかし、そのような人材は採用市場でのニーズが高く、引く手数多の状態であるため、多くの企業では採用活動に苦戦しているのが実情です。また、デジタルツインは比較的新しい技術であり、専門的な知識やスキルを持った人材が限られています。そのため、外部からの採用だけでなく、社内での育成にも力を入れる必要があります。
社員にITスキルに関する研修を受けさせたり、専門家を招いてセミナーを開催したりすることで、必要なスキルを習得させることができます。また、大学や専門学校との連携もひとつの方法です。高度なIT技術に関する教育プログラムを共同で開発したり、学生をインターンシップとして受け入れたりすることで、将来的に活躍する人材をあらかじめ確保することができます。
採用や育成は、企業全体での取り組みが不可欠です。経営層の理解と協力のもと、長期的な視点で取り組みましょう。
デジタルツインの可能性

デジタルツインの持つポテンシャルは年々高まりを見せています。今後は、今よりもさらに発達したAIやIoTなどの先端技術と連携することで、より高度な分析やシミュレーションの実現が期待できます。とくにAIは大量のデータを処理し、将来の予測を立てるのに役立つ技術です。AIのトレンドは日々大きく変化するため、社内でキャッチアップする体勢を作ることで、今後活用していく幅を広げられるでしょう。
まとめ

デジタルツインは、現実世界を仮想空間上で再現する技術であり、すでに多くの分野で活用が進んでいます。デジタルツインを活用することで、予防保全・品質向上・コスト削減・リードタイムの短縮など、さまざまなメリットが得られます。また、デジタルツインはAIやIoTなどの最新技術と連携することで、その可能性をさらに広げることができるでしょう。
一方で、導入・運用にかかるコストの大きさや、セキュリティリスクの抑制、テクノロジー人材の採用・育成などの課題も残ります。とくに人材の問題は、すでに多くの企業で頭を悩ませている部分でしょう。一般的には、高度なプロジェクトになればなるほど、IT技術に関する深い理解が求められます。社内にIT人材がいない場合、ゼロからプロジェクトを任せるのは難易度が高い取り組みです。そのため、このような最新のIT技術を活用した取り組みは、専門の支援会社に依頼をするのがおすすめです。具体的な取り組みが決まる前に、実現可否や見積もりなども合わせて、一度相談をしてみましょう。
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